発達障害もどきの行く末

発達障害グレーゾーンと診断されたとある社会不適合者による悪足掻き。とにかく職歴が悲惨

頭の悪い人間が『幸せになる勇気』を読んでみた

かつて僕は『嫌われる勇気』を読んだことがある。

 

実際に読んだことがない人でも、本のタイトルくらいは知っていると思う。

 

ざっくり説明すると、哲人と青年が書斎でいろいろ口論するお話だ。今回の『幸せになる勇気』は、『嫌われる勇気』の続編にあたる。

 

早速だが、『幸せになる勇気』を読んだ感想について紹介していこうと思う。

 

 

哲人と青年のやり取り

 

『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』を通して、僕は登場人物である哲人と青年のやり取りが最も印象に残った。

 

特に青年が怒りのあまり、哲人に対して「お前」呼ばわりしたり、ひたすら暴言を吐いたり、論破できたと勘違いして高笑いするなど、見ていて飽きなかった。感情表現が豊かなキャラクターは本当に面白い。しかしそんな青年に対して、哲人は終始落ち着いた様子だった。

 

弱い犬ほどよく吠える。青年がいかに未熟で、哲人がいかに優秀なのかがハッキリ描かれていた。

 

まとめ

 

バカな人間はちょっと難しい本を読むと、こんな意味不明な感想を適当に呟いて終わる。

 

そこには学びなど一切ない。

 

ブログや Twitterでも繰り返しているが、僕のようなバカな人間が読書をしても、大した学びにもならないばかりか、本の内容を鵜呑みにした挙句、トンチンカンな行動を起こして周りに迷惑をかけるだけである。

 

バカは本など読まず、チャラ男にでもなって女性をナンパしたり、ギャンブルやお酒、タバコ、風俗でも嗜んでいればいい。その方が人生を謳歌できるに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以下、本当の感想

 

とりあえず印象に残ったところをピックアップし、自分なりに思ったことを書いてみた。

 

子どもたちが問題行動を起こす理由

 

青年は教師をしているが、生徒たちが頻繁に問題行動を起こしてしまうことを哲人に愚痴ったりしていた。

 

 

教育現場において、子どもたちが問題行動を起こしたり、非行に走ったりする理由について取り上げられている。

 

 

子どもの大半は、親や教師に褒められるためだけに勉強やスポーツなどを頑張ろうとする。いわゆる承認欲求というやつだ。

 

もし勉強やスポーツなどを頑張っても褒められなかった場合、近所の悪ガキみたく、とにかく親や教師の目を引くような行動を取ろうとする。

 

やがては親や教師に反抗するようになり非行に走るなど、より悪質な方向にエスカレートしていく。「かまってちゃん」といったところだ。

 

 

確かに承認欲求が強い子どもであればそうかもしれない。しかし全ての子どもに対して当てはまるものでもないだろう。

 

親や教師から褒められないから非行に走るのではなく、根っからの悪人だから問題行動を起こして非行に走る子どももいる。また、自分の無力っぷりを実感して「あぁ、自分ってダメな人間なんだなぁ…」と達観するだけで、特に何の問題も起こそうとしない子どもだっている。

 

あくまで子どもが問題行動を起こす理由の一つに過ぎない。そういう子もいるよねって話だ。

 

みんなも子どもの頃、親や教師の目を引く行動を取ったことがあると思う。構って欲しかったり心配して欲しかったり、まぁいろいろあっただろう。

 

一時的な承認欲求であっても、ないよりはマシ

 

他者から褒められ承認されること、いわゆる承認欲求というのは、所詮外部から与えられたもの。

 

マッチの火で暖を取っても、体の芯から暖めないと体は暖まらない。

 

しかし一時的な承認であっても、あるかないかと言われればあった方が全然マシ。一時的とはいえ自信も湧いてくるし、そのおかげで行動できるようになるんだったら別にえいいと思う。

 

麻酔だって一時的に痛みを緩和させるだけだが、あった方がいいだろう。

 

承認欲求 = 良くない みたいな文章の書かれ方をしていたので、少し気になっていた箇所だ。

 

愛すること

 

本書におけるメイン。

 

人を愛することが幸せになるのに必要不可欠とされているが、チー牛異常独身男性のみなさんには全くの無縁なので、全て割愛する。

 

まとめ

 

各項目をざっくりと読んでみたが、全体的な感想としては

 

それってあなたの感想ですよね?

 

だった。

 

本書に書かれていることが、全ての人に当てはまるとは限らない。

 

それに『嫌われる勇気』を読んだことのある方にとっては、本書はそこまで読む必要のないものだと思う。